映画『Mr.ノーバディ』:地味な男が覚醒するバイオレンス・アクション

映画『Mr.ノーバディ』は、アメリカ郊外で平凡な生活を送る男、ハッチ・マンセルを主人公とする、痛快かつ過激なアクションスリラーです。ハッチ(ボブ・オデンカーク)は、毎日同じ時間に路線バスで工場へ通勤し、家では妻と距離を置かれ、息子からも尊敬されない、文字通り「何者でもない男(NOBODY)」として生きています。彼は、世の中の理不尽に対して決して抵抗せず、ひたすら耐え忍ぶ日々を送っていましたが、内心では自身の退屈なルーティンに深く苛立ちを感じていました。彼の内なるフラストレーションは、ある夜、バスの中でチンピラグループに絡まれたことをきっかけに、ついに爆発します。「ジジイ」呼ばわりされたことで、ハッチは堰を切ったように彼らを叩きのめす大乱闘を繰り広げます。この一見正義の行為が、実は大きな代償を伴うことになります。彼が叩きのめしたチンピラの一人が、恐るべきロシアンマフィアの大物に関係していたため、ハッチは瞬く間にマフィアから命を狙われることになります。しかし、この一連の暴力的な出来事は、ハッチの中に眠っていた、誰も知らなかった「元プロの始末屋」としての凶暴な本能を呼び覚まします。ここから物語は一気に加速し、街頭での銃撃戦、壮絶なカーチェイス、そしてハッチによる驚くほど計画的で残忍な反撃へとエスカレートしていきます。これは、平凡な日常に潜む非日常的な暴力と、抑圧された男の解放の物語です。
概要・原題
- 原題: Nobody
- 公開年: 2021年(アメリカ)
- 製作国: アメリカ
- 上映時間: 92分
- ジャンル: アクション、スリラー、クライム
- 監督: イリヤ・ナイシュラー(Ilya Naishuller)
- 特記事項: 監督は、全編一人称視点で撮影された過激なアクション映画『ハードコア』で知られるイリヤ・ナイシュラー。『ジョン・ウィック』シリーズの脚本家であるデレク・コルスタッドが脚本を担当し、製作には『ジョン・ウィック』のプロデューサー陣が参加しているため、緻密なガンアクションとバイオレンス描写が特徴です。
あらすじ
ハッチ・マンセルは、どこにでもいる中年のサラリーマン。ある夜、自宅に強盗が押し入った際、反撃できたにも関わらず強盗を無傷で帰してしまったことで、家族や世間からさらに軽蔑され、自身の無力さに深く失望します。この事件と、チンピラとのバスでの衝突が、彼の中で抑圧されていた何かが弾けるきっかけとなりました。バスでの大乱闘の結果、ハッチはロシアンマフィアのボス、ユリアンの弟に重傷を負わせてしまいます。ユリアンはハッチの命を狙い、彼とその家族の日常は瞬く間に危険にさらされます。ハッチは、家族を守るため、そして何よりも自分自身の「失われた本能」を満たすために、過去に軍の極秘任務で「掃除人(クリーンアップマン)」として活動していた、もう一つの顔を呼び覚まします。彼は、平凡な外見の裏に隠された驚異的な戦闘スキルと計画性を駆使し、マフィアの軍勢に対してたった一人で戦いを挑みます。
キャスト
- ハッチ・マンセル: ボブ・オデンカーク(Bob Odenkirk)
- ベッカ・マンセル(ハッチの妻): コニー・ニールセン(Connie Nielsen)
- ハッチの父親(デヴィッド): クリストファー・ロイド(Christopher Lloyd)
- ユリアン・クズネツォフ(マフィアのボス): アレクセイ・セレブリャコフ(Aleksei Serebryakov)
- ハッチの協力者(謎の男): RZA(RZA)
- 特記事項: 主演のボブ・オデンカークは、それまでコメディやドラマ(『ブレイキング・バッド』、『ベター・コール・ソウル』)で知られていましたが、この作品のために肉体を鍛え上げ、本格的なアクションスターとして覚醒しました。ハッチの父親役をクリストファー・ロイド(『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドク)が演じ、予期せぬ活躍を見せるのも見どころです。
主題歌・楽曲
- 音楽: デヴィッド・バックリー(David Buckley)
- 特記事項: 映画は、アクションシーンと日常のシーンで対照的な音楽を使用しています。特にハッチが内なる暴力を解放する瞬間に流れるロックやソウル、ポップスの選曲が秀逸で、彼の気分や行動の変化を強調しています。クライマックスの戦闘シーンでは、クラシックなポップソングが流れる中、壮絶なバイオレンスが展開されるという、ブラックユーモアに満ちた演出が特徴的です。
受賞歴
- 特記事項: 映画の興行的な成功と批評家からの高評価は、ボブ・オデンカークの予想外の変貌と、斬新でスタイリッシュなアクション描写によるものです。多くの批評家が、そのアクションの設計と、中年男性の鬱憤晴らしというテーマを高く評価しました。
撮影秘話
- ボブ・オデンカークの肉体改造: ボブ・オデンカークは、アクションシーンを自ら演じるため、数年間にわたり徹底的な格闘技とスタントの訓練を受けました。特にバスの中での乱闘シーンは、撮影開始から間もない時期に撮られ、彼の努力が報われる結果となりました。
- ジョン・ウィックとの繋がり: 脚本家のデレク・コルスタッドは、『ジョン・ウィック』の世界観に通じる、元プロの殺し屋が平凡な生活に戻ろうとするも、再び暴力の世界に引き戻されるというプロットを構築しました。このため、ハッチのアクションスタイルは、ジョン・ウィックと並ぶほど洗練され、効率的で残忍です。
- RZAとクリストファー・ロイドの参戦: 予想外のキャストであるRZA(ウータン・クランのメンバー)とクリストファー・ロイドが、それぞれハッチの戦闘に加わるシーンは、映画の大きなサプライズ要素であり、アクションにユーモラスなアクセントを加えています。
感想
『Mr.ノーバディ』は、中年男性のフラストレーションと、日常からの脱却願望を、最高に過激な形で実現したアクション映画です。ボブ・オデンカークが演じるハッチの、抑圧されたサラリーマンから冷酷な始末屋へと変貌する過程は、観客にとって強烈なカタルシスをもたらします。特にバスの中での乱闘シーンは、生々しい痛みと容赦ない暴力が混ざり合い、この映画のトーンを決定づけています。単なるアクションだけでなく、家族からの信頼を取り戻そうとするハッチの人間的な動機も描かれており、感情的な深みも感じられる作品です。痛快で、ユーモアとバイオレンスが絶妙にブレンドされた傑作です。
レビュー
肯定的な意見
・「ボブ・オデンカークがまさかのアクションスターに!彼の人間味あふれる演技が、バイオレンスに説得力を与えている。」
・「『ジョン・ウィック』の流れを汲むスタイリッシュなアクションと、ユーモアのバランスが完璧。」
・「中年男性の鬱憤や無力感をテーマにした深みのあるプロットが、単なるアクション映画を超越している。」
否定的な意見
・「アクション描写が非常に暴力的で、流血シーンが多いため、人を選ぶ可能性がある。」
・「ハッチの過去の描写がやや断片的で、もっと掘り下げてほしかった。」
考察
ハッチの「渇望」と暴力の美学
ハッチが暴力に手を出す動機は、家族の安全だけでなく、彼自身の内なる「渇望」にあります。彼が求めていたのは、平凡なルーティンではなく、極限の緊張感と、自身の能力が求められる非日常的な世界でした。彼は、バスの乱闘後に感じる「生の実感」に中毒しています。この映画は、現代社会で抑圧されがちな個人の本能的な欲求を、暴力という手段で解放する、一種の現代的なヒーロー神話として機能しています。
「Mr.ノーバディ」からの脱却
映画のタイトルが示す通り、ハッチは「何者でもない男」から、再び「プロの始末屋」という危険だが確固たるアイデンティティを持つ存在へと戻ります。強盗事件で反撃しなかったのは、単なる臆病さではなく、暴力の世界に戻ることを恐れていたからですが、最終的に彼はその恐怖を乗り越え、自己を再定義します。妻が彼に対して距離を置いていたのは、彼の優しさではなく、彼の内に秘められた「何か」が失われたことへの不満であり、暴力の再開が、皮肉にも家族の絆を取り戻すきっかけになるという構図が描かれています。
※以下、映画のクライマックス(結末)に関する重大なネタバレが含まれます。
未視聴の方はご注意ください。
ラスト
ハッチは、ユリアンのマフィアとの最終決戦の場として、自身の勤務する金型工場を選びます。彼は工場内に巧妙な罠を仕掛け、父親のデヴィッド(クリストファー・ロイド)と、謎の協力者(RZA)と共に、押し寄せる大勢のマフィアを迎え撃ちます。特に、デヴィッドがショットガンを構えて参戦するシーンは、本作のハイライトの一つです。ハッチは、圧倒的な戦闘能力と計画性でマフィアを壊滅させ、ユリアンとの一騎打ちにも勝利します。事件後、ハッチは再び家族と平穏な日常に戻ろうとしますが、ラストシーンでは、ハッチの妻ベッカが、不動産情報を扱う中で「ハッチの新たな隠れ家」のような物件を見つけたことを示唆するセリフを口にします。これは、ハッチが一時的に平凡な生活に戻ったように見えても、彼の暴力的な過去と本質は消えず、いつでも再び「ノーバディ」ではない人生に引き戻される可能性があることを示唆し、続編への含みを持たせています。
視聴方法
- Amazonプライムビデオ(配信状況は都度ご確認ください)
- U-NEXT(配信状況は都度ご確認ください)
- Hulu(配信状況は都度ご確認ください)
- Netflix(配信状況は都度ご確認ください)
- YouTube(配信状況は都度ご確認ください)
DVD&Blu-ray情報
まとめ
映画『Mr.ノーバディ』は、平凡な男が持つ抑圧された本性を解放する、エネルギッシュなアクションエンターテイメントです。ボブ・オデンカークの予想外のハマり役と、緊張感あふれるバイオレンス描写、そしてユーモアのセンスが融合し、観客を飽きさせません。日々の生活に物足りなさを感じているすべての人に、強烈なカタルシスとスリルを提供する、現代を代表するアクションの傑作です。
映画のジャンル
アクション、スリラー、クライム、コメディ
- ボブ・オデンカーク
- ジョン・ウィック
- ロシアンマフィア
- イリヤ・ナイシュラー
- 中年男性
- アクションスリラー
- クリストファー・ロイド